来た

ものみの塔」である。
これをもらったのはついさっき。
ドアを叩く音がしたので、のぞき穴からのぞいてみると、見慣れない女性が2人立っている。念のため内鍵をかけたままドアを開ける。ちょっと怖かった。
「すいません。鈴木といいます。」
鈴木はやや小柄で、眼鏡をかけていた。
「昼間なかなかお会いできないので・・・遅くにすいません。」
10センチ程のドアの隙間から覗き込むように話しかけてくる鈴木。連れの方はドアの陰になって見えない。
「実は私たち云々・・・」
鈴木たちが何者か分かりちょっとだけ気がゆるむ。
「今まで聖書ってご覧になったことありますか?」
「あ、ええ、少し」
こういう類の宗教関係者が訪ねてくることはたまにあるが、俺はいつもできるだけ彼らの話を聞いてやるようにしている。だっていきなり追い返すなんてなんか気が引けるじゃない。だから今日も俺は、いつものようにオープンハートで接してみたの。
「あら、そうだったんですかぁ♪」
脈アリとみたのか鈴木は一気に捲し立て始めた。
「○○○○ね、△△△△でね、□□□□ね・・・」
語尾に「ね」を挟むのが気になる。なんだか話も長引くみたいだった。上がり框に足を乗せ、ノブにもたれかかるようにしてドアを開けていた俺は、だんだん体勢を維持できなくなってきて、それに鈴木の話がどんどんつまらなくなってきて、顔を下に向けたまま鈴木の話を聞いていたのだった。
本格的に飽きてきた俺は、鈴木を観察することにした。
まず灰色のロングコートが目に付いた。素材はウールだろう。ブーツは黒で、かばんも黒だった。寒かったのか、白いニットの帽子をかぶって、白いマフラーもしていた。髪はセミロング。色白で、全体的に清楚な印象だ。肌の感じからして、俺と同じくらいの歳かなあ、でもその割には童顔なのね、だってさ、眼がなんか幼いじゃん?いや、いい意味でね、あとその眼鏡と全体のイメージが破綻してないところも好感持てるし、とか考えてたら、あれ??ああ、そう。そっかそっか。いやいや、これは失礼。ようするに、うん、なかなかかわいいじゃないのYOU。ごめんねー内鍵かけたままで。でもね、その狭い隙間から覗き込むような角度がたまらんし、ちょっと上目遣いのところもいいよぉ。それにその真っ白な息ね。寒いもんねえ外。ほらほら頬っぺただってほんのり桜色だし、あんまり遅くまで無理しちゃダメだって。風邪ひいたら元も子もないでしょう。え?あ、くれんの?ああ、例のそれね。もらうもらう。もちろんもらいますよ。
ものみの塔」。
鈴木が去ってから気付いたけど、中に「目ざめよ!」も挿んであった。